近藤サトはバッシングで白髪に?グレイヘアでも年齢に抗(あらが)わない生き方が上品!

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こんにちわ!ぐるっとです。

8月27日放送の「この差って何ですか?」に近藤サトさんが出演されるそうです。

近藤サトさんといえば「フジテレビアナウンサー」だった30歳の時に12歳年上の歌舞伎役者の坂東三津五郎(ばんどう みつごろう)さんと不倫の上に結婚しました。

この時のバッシングはものすごく「不倫略奪愛」による結婚をした「女子アナ」に対する「主婦」からの不人気の結果テレビではあまり見なくなりました。

せっかくの結婚後も「歌舞伎界」の関係者からの冷ややかな対応は「バッシング」とも言えるものでした。

この記事では、

近藤サトさんがバッシングを受けた経緯や理由

近藤サトさんはバッシングによって白髪になったのか?

白髪ではなく「グレイヘア」という近藤サトさんの生き方

などについて、まとめてみました。

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近藤サトさんがバッシングを受けた経緯や理由

不倫略奪婚

近藤サトは1998年に歌舞伎俳優の坂東八十助(5代目、現・坂東三津五郎)と結婚をしました。

この時は「泥沼離婚」で話題になっています。

お相手にはすでに前妻との間に「息子一人、娘二人」がいたのに関わらずの略奪婚であり、この結婚により息子さんは一時グレかかっていたそうです。

ですが夫婦関係は長くは続かず2000年に1年7ヶ月で離婚をしてしまったのです。

この時の原因としては色々言われていましたが「子供が欲しかった」が理由のようです。

歌舞伎役者ともなると「お家騒動」を心配して、後妻との間には子供は作れなかったというのが真相のようですね。

再婚するも不倫される

そんな近藤サトさんでしたが、2003年には「神戸ルミナリエ」のプロデューサーを務めた今岡寛和さんと再婚されました。

株式会社アイアンドエフを立ち上げで独立し大成功した超セレブで、年収1億以上ともいわれたお金持ちの方との結婚の時にはすでに妊娠していた近藤さん。

無事に念願のお子さんも生まれ幸せな結婚生活を。。と思っていたら結婚14年目にして、夫の浮気が発覚しました。

この時、48歳だった近藤サトさん。。。2015年くらいから実質的には別居状態だったそうです。

「夫婦関係に亀裂が生じ始めたのは約3年前のこと。
夫婦は港区にあったIさん名義のマンションを売却し、Iさんは東京ミッドタウンに引っ越した。
サトさんは2014年に渋谷区にある超高級マンションを自分名義で購入し、長男と暮らしている。
”仮面夫婦”状態ですよ」
(芸能プロ関係者)

引用:週刊文春

不思議にも、その後も「離婚」という話は聞かないので「別居婚」という形で夫婦の間ではお話がついているのかもしれませんね。

近藤サトさんへの世間のバッシング

「歌舞伎役者」を裏から支える妻という役目に収まるには「花形テレビアナウンサー」の近藤サトさんは向いていなかったという意見も。

近藤サトさんといえば「高飛車」で「上から目線」が気になるというコメントも。

「不倫略奪婚」というレッテルとバッシングは一生ついて回るのではないかという厳しい現実も。。。

あとは自分のお子さんを青山学院に入れたそうですが、それが一時期は「息子」でも合った元夫の息子さんと同じ学校に入れたとか。。。

同学年でもないので「無関係」だと思うのですが、そんなことでも無神経とバッシングを受けるのですね。。。

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近藤サトさんはバッシングによって白髪に?

近藤サトさんは20代から「白髪を染めていた」そうです。

そうすると不倫の末に「略奪婚」をした30歳よりも前から「白髪には悩んでいた」ということになりますね。

「若白髪」になる遺伝子もあるそうなので、もしかしたら近藤サトさんは白髪になりやすい性質だったのかもしれません。

「ストレスで白髪になる」というイメージ?

取材で向かったシリアで過激派に拘束された「フリージャーナリスト」の安田さんも「過酷な拘束」というストレスで「白髪が増えた!?」という比較写真です。

解放後の安田氏はSNSを中心に「自己責任バッシング」を受けたので、もしかしたらそちらの方が過激派ゲリラの拘束より「ストレス」だったかもしれません。

バッシングで白髪になるメカニズム

では実際にバッシングなどの「ストレス」で白髪になるのかと言いますと。。。

最近の研究で「ストレスを受けると体の中で発生する物質が髪の毛の色を作る細胞をスイッチオフ」するということがわかりました。

と言っても「ストレスで一夜にして頭が真っ白に!」ということではないですよ。

髪の毛自体は「すでに死んでいる」ので、髪の毛が急に真っ白になるのは考えにくいそうです。

ですので「長い間ストレスを感じつつけると髪の毛を黒くする細胞が働かなくなる」ということのようです。

つまり人気アナウンサーとして多忙な日々を送っていた生活が「ストレス」だったかもしれません。

「略奪結婚→離婚→バッシング」も「長期的なストレス」だったでしょうね。

体が攻撃を受けると、細胞はインターフェロンという化学信号を発する。インターフェロンはウイルスを撃退し、防衛機構全般を強化させるために、細胞を変化させる。

 ところが、この防衛機構の思わぬ副作用として、髪の色を作る細胞のスイッチが切れてしまうのである。

引用元:カラパイア

「グレイヘア」という近藤サトさんの生き方

自分に素直な生き方

不倫略奪婚をした後のバッシングもすごかったですが、その後再婚した相手が20代女性と不倫をした時の「因果応報」という再バッシングもすごかったです。

客観的に見ると近藤サトさんが「(若くて)美しい女性が好きな魅力的な男性」が好みだったか、恋愛関係になりやすかったのではと思いますが。。。

ここで2回ともバッシングされるのは「旦那をうばう女憎し」という主婦目線なのでしょうか?

近藤サトさんが「不倫される妻側」になって「因果応報!」と言われた時には「自分も過去に色々ありましたから。。」とクールな対応をしたという近藤サトさん。

その姿は世間の言う「悪女」よりは「自分に素直な」姿なのかもしれません。

美しく結い上げたグレイヘアと和装が素敵な近藤サトさん。「染めたい人は染めればいいし、やめたい人はやめればいい。やめどきも、いつでもOK。30歳でやめてもいいし、60歳、70歳で染めていてもいい。みんな自由でよくて、それがグレイヘアを選択する人が増えてきた意味だと思う」(近藤さん)。

理由は自然体

そもそもアレルギー体質で「白髪染め」が体に合ってなかったのに「若く見せるためには染めないと!」無理をしていた近藤さん。

「アレルギー症状を持っているから、染めたその日とか2〜3日はすごく大変。
かゆかったり、湿疹出たり。
人知れず、人知れずなんですよね、皆さん。
そういうトラブルとか悩みは、抱えている方多いんじゃないか。」

「これって必要なのかなあ?」と思ったのが東日本大震災の時に、避難用品をまとめているときに白髪染めも持って行こうとしているのに気が付いた時。

「アナウンサー」として人前に出る「イメージ」が大事なキャリアもあり「若く美しく」あることが「生死」と同じレベルで重要だったのでしょうね。

でもそこで「これっておかしいな?」と思うのが近藤サトさんの自然な感性なのかもしれませんね。

「私は自然体のつもりだったんですけど。。。」

また近藤さんのこんなコメントも。

「若さにしがみつくのは時代遅れ」
「これまでいろんな経験を経て、
それって馬鹿らしいなと思った」

自身が「若い美しい女性」として、12歳年上の歌舞伎俳優を略奪し、自身がアラフィフになり20代の女性に夫を盗られるという経験。。。

近藤サトさんの現在の夫が若い女性と「半同棲」になったのが2017年

白髪から「グレイヘア」に変身したのと同じ時期と言うことで、そう言った「いろんな経験」で「若さにしがみつく」ことの虚しさを知ったのかもしれませんね。

近藤サトさんの「グレイヘア」への世間の反応

「肌が綺麗」じゃないと「グレイヘア」で若々しく見せるのは難しいとの声も。

後やはり「白髪=おばさん」と言うイメージは抜けないようです。

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まとめ

近藤サトさんがバッシングを受けた経緯や理由を見ていくと「好きな人と結婚したい!」という思いで「略奪婚」をするものの子供を作らせてもらえず離婚。

できちゃった婚で再婚するも、結婚14年目にしてかつての自分のように「若くて美しい」女に旦那さんと取られてしまいました。

このようなスキャンダラスな生き方は「主婦」からのバッシングがひどく、テレビには出られなかった時期もあったようです。

バッシングなど長い間ストレスを受けると、黒い色素を作る細胞が止まって白髪になるそうですから近藤さんも人知れず悩んでいたのではないでしょうか。

そんな「いろんな経験」をされたからこそ「(白髪を染めることなどで)若さにしがみつく馬鹿らしさ」に気がついた近藤サトさん。

「白髪」を自分の意思で自由に選び取っていくことで「グレイヘア」をいう流行を生み出した一人である近藤サトさんは良くも悪くも抗わない女でした。

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